東日本大震災 復興支援活動

2014年 宮城県南三陸町での活動

2013年に引き続き、宮城県南三陸町にて、宮城県内の事業所社員217名が養殖漁業支援に取り組みました。南三陸町では2014年当時には、市街地の基礎は撤去され、高台移転の造成が始まりつつありましたが、まだまだ、多くのボランティア支援を必要としていました。
わかめや牡蠣をはじめとする養殖漁業の支援、農地復旧をはじめとする農業支援などは機械ではできない作業が求められており、従業員一同、復興の一助となるよう心をこめて活動しました。

養殖漁業支援

今回の活動は南三陸町災害ボランティアセンターのご協力のもと、志津川漁港 南三陸漁業生産組合さんにお世話になり、かき加工処理施設にて、主に牡蠣の殻磨き(殻掃除)作業の活動を行いました。
牡蠣の殻磨きは、一貝ずつの作業になる為、とても時間を要し、人手が必要となる作業です。南三陸漁業生産組合の方からは、「ボランティアの方々の支援に本当に感謝している。これからも是非、継続していただきたい。」との声をいただきました。
牡蠣の殻磨き作業の他、養殖に使用するロープの清掃や牡蠣の種付準備等の作業も行い、参加した社員たちは南三陸町の早期復興を願い、一致団結して活動しました。

2013年 宮城県南三陸町での活動

宮城県南三陸町にて、宮城県内の事業所社員217名が漁業支援と農業支援に取り組みました。南三陸町は町の62%(市街地で75%)の家屋が損壊し、甚大な被害を受けました。震災から2年が経ち、復興に向けた取り組みが本格的に進められる中、当社社員も早期復興の一助となるよう活動しました。

漁業支援と農業支援

5月中旬までわかめ漁が行われていたため、活動の前半は生わかめの計量作業やめかぶ剥ぎの作業にも取り組みました。
農業支援ではバケツと片手鍬を持ち、農地の石撤去作業を行いました。農家の方によると耕運機で耕したものの、大きな石が田植えの障害になってしまうとのこと。「南三陸町産」のおいしいお米が早く作れるよう願いを込め、力を結集して活動しました。

2012年 宮城県七ヶ浜町での活動

宮城県七ヶ浜町にて、社員342名が津波被災した田畑のがれき撤去活動および、道路側溝に溜まった泥の除去作業に取り組みました。

地域再生、農地復活を願い、手作業によるがれき撤去

七ヶ浜町では震災により、約2割の建物が被災し、田んぼなどの農地98%が津波被害を受けました。大きながれきは重機で除去するものの、細かいがれきは土中に埋まったままとなり、全国各地から足を運ぶボランティアにより、がれき一つひとつを手作業で取り除く地道な作業が繰り返されました。
参加社員は使命感を持ち、地域復活、農地再生を願い、心をこめて活動に取り組みました。屋根瓦やコンクリート片、ガラス破片など、拾い集めたがれきの種類は様々で、土のう袋に分別して詰めて運ぶ際にもチームワークを発揮して取り組みました。
ぎっしり瓦礫の詰まった大量の土のう袋を100m先まで移動させる際にも、社員が列を作り、バケツリレーならぬ土嚢袋リレーを行い、あっという間に移動作業を終えました。
活動を終えた社員からは、「“瓦礫”と表現するには心苦しく、生活用品や、それぞれに思い出がたくさん詰まった物であろう個人の所有物を拾い上げるたび、心が痛んだ。」「被害に遭った農地の土を触れてみて“復興”の言葉の重みを感じた。」「これからも積極的、継続的に活動を行いたい。」といった声が寄せられました。

2011年 宮城県東松島市での活動

6月27日(月)、宮城県東松島市にて、社員26名が被災地支援ボランティア活動に取り組みました。
当日は雨が降る中の作業となり、参加した皆さんは雨に濡れ、泥まみれになりながらも、民家周辺の側溝の泥のかき出しを協力して行いました。

雨の影響でボランティアセンターから活動中止要請が入ったため、正午までの活動となったこともあり、参加社員の皆さんは口々に、「もっと活動を続けたかったが、一日も早い復興への願いを込めて一生懸命作業にあたった。」と、感想を述べました。